彼は眠るために作られた。頭部はテレビでできていた。何故そうなのかはわからない。自分の中身がどうなっているのかなど知らない。もしかするとただの空洞ということだって十分ありえる。眠るためにに作られたくせにちっとも眠れない。彼は不眠症の機械だった。眠れないなら仕方ない。夜の電波を捕まえようと外に出た。そうする理由は特にない。ただの気晴らしで暇潰しでしかない。夜の電波は要するに時間のことだろう。時間を捕まえて時間を消費しようということだが彼はそんなことは特に考えていない。ただふらふら歩き回る。今何時なのかはわからない。あちこちに夜の断片が落ちている。
歩いていると信号人間がいた。車が来るのをずっと待っているのだとこちらが聞きもしないのに教えてきた。ここには車は入ってこない。ここは進入禁止の場所だった。それを教えると信号人間は不機嫌な溜息を漏らすように信号を点滅させた。「そんなことはわかってんだよ。俺が馬鹿に見えるか?」と信号人間が頭を揺らしながら聞いてくる。「どちらかと言えば見える」そう答えてそこを離れた。「ブビー」と後ろから変な音が鳴っていた。信号人間が鼻を鳴らしているようだった。通行止めのカラーコーンを被った人がスルスルと進入禁止の道を通り抜けていった。
いつの間にか人の流れの中にいた。誰もが喋っているが誰もが全く別の言葉を話していた。裏路地に入ると人はいなかった。夜の電波を見つけたが青い鳥が電波を食べているので受信できない。青い鳥はノイズを撒き散らしながら食べ続けていた。実に不味そうだ。余程不味い電波らしい。ならば食べなければいいのに。それでも食べずにはいられないようだった。青い鳥にはいくつも目が付いている。その目は何も見えていないようだった。目の奥はタールのようにどんよりしている。というところでCMに入ったのでテレビを消した。一体これはどういう番組だったのか?いつ自分がこんな番組に出演したのか覚えがない。テレビ以外何もない部屋は静まり返った。ブラインドから外を覗くとカメラやマイクを持ったクルーが通って行った。ジーンズの尻ポケットに台本を詰め込んだ旧式のプロデューサーがカメラの前ではしゃぐ中学生を蹴り飛ばしながら歩いていた。きっと野生のテレビ番組クルーに違いない。
彼は眠るために作られた機械だった。頭部はテレビでできている。彼の画面にはまともな画像が映っていない。気晴らしに外へ出る。マンションの管理人はスマホの画面に顔が吸い取られている。見なかったことにして歩き出す。歩いているとテレビ局があった。そちらへアンテナを向けてみるがノイズしか入ってこないのでそこら辺に吐き出すと巨大なテレビがそれを拾い上げた。その巨大なテレビに映し出されるノイズを見て何人かの人々が狂信的な歓声を上げている。その奥に頭がテレビになっている赤いスーツを着た奴がいた。そいつの画面には彼がテレビに吸い込まれている映像が流れていた。誰かに話しかけられていた。何語かわからないのに何故か言っていることがわかった。なのに言語化出来なかった。電話が鳴る音がした。赤いスーツを着た奴が持っていたスーツケースの中に入っている電話が鳴っていた。頭部がテレビになっているまた別の奴がその電話の方へ走っていったところでつまずいた。倒れた拍子にテレビ画面に映っていた街が道端にこぼれた。こぼれた街の中にある部屋の中ではテレビがテレビを拒絶している。その画面の中で彼は歩く。背の高いピアノが鍵盤を降らせている。電波塔の双子が踊っている。巨大なスイッチがこちらを見ている。彼は鏡の前の立っていた。鏡の中の彼は言う。「テレビは目が覚めた状態で見る夢なんだよ」そして鏡の外の彼は消えた。
鏡の中の彼は夢を見ていた。夢から覚めなければ眠ることができない。眠るために作られた機械なのでそれは困る。彼は試しに自分の頭部を引っこ抜いてみた。画面にはノイズが流れていた。彼の無くなった頭部からは虚無が立ち昇っていた。なんか変な音が鳴っていた。引っこ抜いたブラウン管テレビはいつの間にか持ち去られた。
それから数百年が経過した。荒廃したテレビ局から夜の電波が少しずつ漏れ出して巨大な黒い雲ができていった。そこから降る雨が怪物をつくった。怪物は家を食べていく。その雨を受けた人間は何か別のものになっていた。そこでCMに入る。
彼と彼女のテレビ画面にはそんな番組が映し出されていた。無数にあるテレビ番組の中で同じ番組を映し出していることは確かに珍しい。彼と彼女が運命的なものを感じても無理はない。二人は静かに電源を切り暗くなった画面にお互いの姿がうっすら映っていた。彼と彼女は森で出会った。森は文字でできていた。文字がゆっくりと落下していた。落下する文字にはこれまでの話が書かれていた。それ以外の話も大量に落下していたし森から落下する文字なんていちいち読んでいなかった。二人は見つめ合っていると彼の画面から何かが出て彼女の画面へと吸い込まれていった。それは夜だった。夜そのものだった。彼は痙攣し「ヴクェ」と聞いたことのない音を発して倒れた。彼女はそれを無視して画面から消えた。
彼は頭部がテレビ画面になっている大きなケモノの前にいた。ケモノは眠っているようだった。これはケモノが見ている夢なのか?そうだとして自分が映っているのは何故なのか?彼には何もわからなかった。ただケモノのテレビを見終わった時にこの話を全部知っていたことに気がついた。なぜならこれは再放送だからだ。テレビ画面は砂嵐になっていた。つまり地上デジタル放送ではない。まだここはアナログ放送が継続している世界だった。外を見ると真夜中だった。彼はここはどこだろうと考えた。ここはどこでもありえた。彼は自分の瞼が既に閉じられていることを発見した。ここから先の話はもう誰も知らない。
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